同志社ラグビー入れ替え戦への屈辱


同志社ラグビーの紺とグレイのジャージーラグビー場に現れただけで胸の鼓動の高まりを覚えたものだった。古い話だが半世紀前同志社ラグビーの名ウイング坂田(現大体大監督)を擁し関西は勿論、関東の早慶明も全く寄せ付けないほどの強さを誇たものである。それで社会人リーグ1位の近鉄と第2回選手権代会(当時同志社は定期試験で試合不可だった)で大学選手権1位同志社と社会人1位の両者が日本1を目指して花園ラグビー場行われた。同志社が17-3の快勝で全日本のトップに輝いた。

私はこの時代から同志社ラグビーのフアンで毎年秋の関西ラグビーりーグ戦は待ちどうしく同志社の全ての試合を観戦してきた。同志社の関西での強さは他を寄せ付けず平尾、大八木などを擁し3年連続の大学日本1は胸のすくような快挙だった。

ところがどうしたことか今年は過去最低の7位、同志社ラググビ−は屈辱的な2部リーグとの入れ替え戦をおかなわなければならない凋落ぶり。同志社ラグビーはこの半世紀京産大、天理大、大体大にときとしては首位を奪われることもあったがほほ1位で常勝の同志社の名をほしいままにしてきたのだが実に残念だ。これから同志社ラグビーは1からの出直し、強い同志社を再現してほしい。

○ 野の花