野球少年の始まり


私は昭和22年12月のクリスマスに、町内対抗の少年野球大会で惨敗を喫したことが悔しくて、これから野球少年になり頑張ろうと心に強く決心た。しかしこの当時は野球に精を出すにもグラブがそんなに簡単に手に入らない。戦前からどこかの家にあったグラブ様のものを引っ張り出してもらったり、又女性の帯の少し柔らかい布でグラブを親に作ってもらって道具らしきものをそろえた。そしてボールもいいものがなく戦前からどこかの野球好きの家にあったボールを頂きこれらでキャッチボール、野球の基本を毎日学校から帰ると始めた。

近所の餓鬼どもを集めて遊ぶことが面白く毎日、日が暮れまで夢中だった。当時は私の家の少し斜めのところに第三高等学校のテニスコート4面あり、餓鬼達が野球の真似事をするのに格好の場所であった。しかし第三高等学校の生徒に見つかるとグランドが荒れると大目玉を食らった。しかし餓鬼共は彼等がやってくるまでで懸命に野球に励んだ。

私は肩が強く球が速く自分でもピッチャーに向いているのではないかと思っていたが、衆目一致するところとなりよくピッチャーの役をやらされた。当方はいつも得意満面でバッターに相対した記憶がある。(長くなりますので、連載形式にいたします。明日また)